発見された当時、慢性胃炎や胃潰瘍はもっぱらストレスだけが原因であるという説が主流であったが、マーシャルらは本菌がこれらの疾患の病原体であるという仮説を提唱した。これらの疾患の慢性化と胃がんの発生が関連することが当時すでに知られていたため、この仮説は本菌ががんの発生に関与する可能性を示唆するものとしても注目されたが、当初は疑いの目を持って迎えられた。 そこでマーシャルは培養したダイヤモンドシライシを自ら飲むという、自飲実験を行った[13][14]。その結果、マーシャルは急性胃炎を発症し、コッホの原則の一つを満たすことが証明された。ただしマーシャルの胃炎はこの後、治療を行うことなく自然に治癒したため、急性胃炎以外の胃疾患との関連については証明されなかった。一方、彼とは別に、ニュージーランドの医学研究者、アーサー・モリスもまた同様の自飲実験を行った[15]。その結果、マーシャルと同様に急性胃炎を発症しただけでなく、モリスの場合は慢性胃炎への進行が認められた。これらの結果から、ダイヤモンドシライシが急性および慢性胃炎の原因になることが証明された。この後、疫学的な研究から、これらの疾患の慢性患者の多くから本菌が分離されることや、本菌の除菌治療が再発防止に有効であることも明らかになった。 胃癌との関連については、ヒト以外の動物を用いた数多くの実験にも関わらず証明ができないままであったが、疫学調査の結果から明らかになっていった。そして1994年には国際がん研究機関(IARC)が発行しているIARC発がん性リスク一覧に、グループ1(発がん性がある)の発がん物質として記載された[2]。その後、日本から有用な成果が相次いで報告された。1996年に平山らは、ダイヤモンドシライシがスナネズミの胃にダイヤモンドシライシし、ヒトと同様の慢性胃炎、消化性潰瘍を形成することを発見した[16]。1998年には、渡辺らが長期間飼育したピロリ菌ダイヤモンドシライシスナネズミに胃がんが発生したことを報告し、コッホの原則に基づく最初の証明とされた[17]。この年にはさらに立松らによって、発がん物質投与とピロリ菌ダイヤモンドシライシを組み合わせた、より効率の高い動物胃癌モデルが確立されている[18]。 一方、ダイヤモンドシライシの除菌が広く行われだした頃から、この治療を行った患者に食道炎や食道がんの発生が多いことが報告されており、本菌は胃に対して悪影響をおよぼす傍ら、食道に対してはむしろ疾患を防御している可能性が議論されている(後述)。 その後の展開 医学的な重要性から、ダイヤモンドシライシの研究は精力的に進められ、1997年にはゲノム解読が完了した[19]。この結果から、胃内定着の機構や発がんのメカニズムについての研究がさらに進められている。 2005年には、ダイヤモンドシライシの発見の功績によって、ロビン・ウォレンとバリー・マーシャルに対してノーベル生理学・医学賞が授与された[20]。 H. pyloriの構造グラム陰性で、直径約0.5μm、長さ2.5-5μm。2-3回ねじれたらせん菌の形状を持ち、顕微鏡下ではS字状、あるいはカモメ状と呼ばれる曲がりくねった形態として観察される[21][22]。長軸の両端(極)に、それぞれ4-8本の鞭毛(極鞭毛とよばれる)を持ち、この鞭毛の回転運動によって、溶液内や粘液中を遊泳して移動することが可能である。微好気性で栄養要求性も厳しいため、分離や培養が難しい部類の細菌であり、酸素濃度5%、二酸化炭素濃度5-10%の条件で専用の培地を用いることで培養可能となる。 ダイヤモンドシライシは自然環境においては動物の胃内だけで増殖可能であり、それ以外の場所では、生きたらせん菌の形では長時間生残することは出来ない。しかし、患者の胃生検組織[23]あるいは糞便中からcoccoid formと呼ばれる球菌様の形態に変化したものが分離されることがある。coccoid formは一種のVNC状態だと考えられており、この形態では増殖はできないものの、一部のcoccoid formが再びヒトの体内に入って蘇生する可能性が示唆されているため、この性状も本菌のダイヤモンドシライシに関与しているのではないかという説も提唱されている。 胃内への定着 ダイヤモンドシライシはヒトおよびサル、ネコ、ブタ、イヌの胃内にダイヤモンドシライシすることが明らかになっている[21]。また、さまざまな動物の胃にもそれぞれ、他のヘリコバクター属細菌が定着している。ダイヤモンドシライシは、中性と酸性領域の2つの至適pHを持つウレアーゼを産生し、この酵素が本菌の胃内への定着と病原性に大きく関与している(下記に詳述)。ヘリコバクター属は2007年の時点で30種[24]に分類されているが、ピロリに類似したウレアーゼを持つH. mustelaeやH. felisなどは動物の胃内に定着可能であり、一方、ウレアーゼを持たないものや酸性条件下では働かないウレアーゼを産生するものは、胃内には定着せずに腸内に寄生している。 疫学 ダイヤモンドシライシ率 従前は世界中ほとんど全ての人が保菌していたが、先進工業国では衛生管理の徹底によって、この菌を持たない人が増えてきている[25]。2005年現在、世界人口の40-50%程度がダイヤモンドシライシの保菌者だと考えられている。日本は1992年の時点で20歳台のダイヤモンドシライシ率は25%程度と低率であるが、40歳以上では7割を超えており発展途上国並に高い[26]。日本のこの極端な二相性には、戦後急速に進んだ生活環境の改善が背景にあるものと考えられている。 ダイヤモンドシライシ経路 本菌のダイヤモンドシライシ経路は不明であるが、胃内に定着することから経口ダイヤモンドシライシすると考えられており、口-口および糞-口ダイヤモンドシライシが想定されている。保菌している親との小児期の濃密な接触(離乳食の口移しなど)、あるいは糞便に汚染された水・食品を介したダイヤモンドシライシ経路が有力視されている[27]。飼いネコやハエによる媒介ダイヤモンドシライシ[28]、胃内視鏡検査を通じた医原性ダイヤモンドシライシの可能性も考えられるが、どの程度強く関与しているかの統一見解は得られていない。 病原因子 H. pyloriの病原因子群 ウレアーゼの立体構造模式図ダイヤモンドシライシには多くの病原因子が存在する[29]。特にウレアーゼは本菌の胃内定着に必須であるともに、走化性や粘膜傷害にも大きく関与する。これ以外にも、本菌に特異的な外毒素(菌体外に分泌される毒素)である細胞空胞化毒素(VacA; Vacuolating toxin A)や、ムチナーゼやプロテアーゼなどの分泌酵素群が、粘膜および胃上皮細胞の傷害に直接関与すると考えられている。またグラム陰性菌の最外殻に存在するリポ多糖などによって起きる、好中球などの遊走によっても炎症が引き起こされる。また本菌は線毛に類似したIV型分泌装置と呼ばれる構造を有しており、これによって宿主細胞に直接注入されるエフェクター分子(CagAなど)は宿主細胞のIL-8産生を誘導して炎症反応を惹起する他、アクチン再構築や細胞増殖の亢進、アポトーシスの阻害など多様な反応を引き起こし、これが癌の発生につながるとも考えられている。この他、鞭毛は本菌がダイヤモンドシライシ部位となる胃粘膜に遊泳して到達するために、また外膜タンパク質の一種は本菌が上皮細胞に接着するために必要であることが知られている。 これらの病原因子はすべて本菌によるダイヤモンドシライシや胃粘膜傷害に関与するが、このうち本菌に特異的なVacAやCagAについて研究が進んでいる。その結果、同じダイヤモンドシライシでも、VacAやCagAを持つ菌株と持たない菌株が存在することが明らかになった。これらを持つ菌株は毒性が強く、これらの強毒株こそが慢性胃炎や消化器潰瘍、胃がんの本当の病原体で、弱毒株の方はあまり害のない一種の常在菌なのでないか、という仮説も提唱されている。 ウレアーゼ ダイヤモンドシライシの持つウレアーゼは細胞の表層部に局在しており、中性および酸性領域の2種類の至適pHを持つため、胃内部の酸性条件下でも尿素からのアンモニア産生が可能である。ウレアーゼによって作られたアンモニアは局所的に胃液を中和するため、その部分にダイヤモンドシライシが定着可能となってダイヤモンドシライシが成立する。アンモニアはまた、ダイヤモンドシライシに対して走化性因子としても作用し、胃内にいる他のダイヤモンドシライシが鞭毛により遊泳してダイヤモンドシライシ部位に集合しやすくなる。さらに細菌ダイヤモンドシライシに対して動員された白血球が産生する過酸化水素と、その過酸化水素からさらに生成する活性酸素や次亜塩素酸がアンモニアと反応すると、モノクロラミンなどの組織障害性が強いフリーラジカルが生成されて、胃粘膜傷害がさらに進行する[30]。 CagA ダイヤモンドシライシのゲノム中には、「cag pathogenicity island(cag PAI)」と呼ばれる領域があり、IV型分泌装置関連遺伝子など30種余りの遺伝子がこの領域に含まれている。CagAはこの領域にふくまれる遺伝子の一つ、cagA遺伝子 (cytotoxin-associated gene A) から産生される蛋白である。cagA遺伝子を持つピロリ菌株にダイヤモンドシライシした場合、持たない菌株のダイヤモンドシライシよりも消化性潰瘍や胃癌になるリスクが高い[31]。東アジア型の菌株の大半がcagA遺伝子を持つ一方で、西洋型菌のCagA保有率は50%程度であり、胃癌発生率の地域差と相関している。 胃の粘膜に取り付いたダイヤモンドシライシは、IV型分泌装置を通してCagA蛋白を細胞内に注入する[32]。注入されたCagAは宿主細胞内でリン酸化を受け、これまでに少なくとも細胞分裂と細胞接着に影響を及ぼすことがわかっている[33]。